頑張ろう!東北 その4(被災地のその後)

2011年11月28日

 

 東日本大震災で被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。

 また、被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。 

 

 

 先週に続く東北地方第3弾です。

 今回は被災地の状況です。

 今回、東北に訪れた理由は、どうしても被災地の様子をこの目で確かめたかったからです。

 本格的な冬が来る前、この時期しか行くチャンスはないと思い、今回の計画を実行に移しました。

 朝、仙台市内のホテルを出発し、平泉を訪ねた後、気仙沼市に向かいました。

 気仙沼市と言えば、震災直後、港付近が火の海になっている映像がテレビで映し出されていたことが印象に残っていました。

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 上の写真は、あと少しで気仙沼市の中心部に入るところです。

 

 下の写真は気仙沼湾の先端から市内を撮したものです。

 船が停泊している場所が、「気仙沼市魚市場」です。

 

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 この写真からは被害の大きさはわかりませんが、写真の向かって左側一体は跡形もありませんでした。 

 

 ご参考として、下に2つの地図を載せておきます。 

 上の地図はヤフーの地図で、下がグーグルです。

 ヤフーの地図では震災前の様子が、グーグルの地図では震災後の様子が、写真で確認できます。

 それぞれの地図は、画面上で「写真」と「地図」の切り替えが可能です。

  

 

 

 「気仙沼市魚市場」から気仙沼湾先端に広がる町は壊滅状態にあることがおわかりいただけると思います。 

 


大きな地図で見る

 

 

 「魚市場」を撮した所から、レンズを左側に振ると、下の写真のような状況です。

 元の町並みなどうかがい知る余地もありません。

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とにかく、いたる所に車の山がありました。

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アスファルトなどは無く、仮設の砂利道が施されていました。

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 下の写真は「南気仙沼駅」近くのお店です。

 後で自分がこの写真を撮している場所に「駅」があったことを知りました。

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 生まれて何十年生きていますが、このような光景は初めて目にしました。

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 「南気仙沼駅」のすぐ側に「大川」という小さな川が流れているのですが、その川を挟んだ対岸の町は無事だったようです。

 

 ただ、近くのガソリンスタンドの方にうかがったところ、家は流失は免れたものの、かなりの高さまで浸水はしたようです。

 その方は、すぐ近くの陸橋に避難し、6時間近くその場におられたそうです。

 かなりの方が避難し遅れて、車の中で亡くなられたとのことでした。

 

 

 その後、気仙沼市を後にし、一般道を南下し、南三陸町に向かいました。

 下の写真は、南三陸町に向かう途中の様子です。

 線路なども各地で寸断され、恐らく復旧の見込みはたっていなものと思われます。

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 下の写真は「南三陸町」の様子です。

 上の写真は、港付近の様子、下の写真は港側から山手の方を撮したものです。

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 港近くに積み上げられた瓦礫の山です。

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 「よみがえれ故郷、ふんばれ南三陸町」の看板が掲げてありました。

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  最後は、最終目的地の「石巻市立大川小学校」に向かいました。

 大川小学校には献花場が設けられており、お線香をあげさせてもらいました。

 この大川小学校の近くにも、小学校は2校有り、いずれも津波の被害にあったようでした。

 

 今回、被災地を自分の目で見て、改めてその被害の大きさと津波の恐ろしさを痛感しました。

 

 震災によりお亡くなりなられた皆様のご冥福を改めてお祈りいたします。

 

 実際、私達は東北からは遠く離れた地に住んでおり、その悲惨さを実感することが難しいと思います。

 

 しかし、今回被災地を訪れ、改めて私達が何をしなければならないのかを大いに考えさせらるのと同時に、被災地復興のために息の長い支援活動をこれからも続けていかなければと、強く思ったのでした。